『うかうか三十、ちょろちょろ四十』5月30日 [観劇・Stage・Live]
ついに今年も試験勉強のためにダンナが会社を休みがちになるイヤ~~~な季節がやってきました。
今年初のダンナの有休デーは私の観劇デーに当たってしまいました(;´д`)トホホ
前日にめんつゆだけ作っておいて(うちには市販のめんつゆがないので、冷たい麺類を食べたいときは
前の日に作っておく必要があるんです)あとは自分でやってね~♪と言い残して
新宿は紀伊國屋サザンシアターへ。
この日の演目はこまつ座の『うかうか三十、ちょろちょろ四十』、井上ひさし24歳の時の作品です。
当時、井上ひさしは上智大学に籍を置きながら、浅草のストリップ劇場フランス座で
文芸部員兼進行役として働いていましたが、組合を作ろうとして失敗。出版社の倉庫番をしながら
テレビやラジオの脚本の懸賞に片っ端から応募し、後に放送作家となるのですが、
この『うかうか三十、ちょろちょろ四十』は文部省主催の芸術祭脚本奨励賞を受賞した作品で
いままで上演されることはなかったんだそう。
場所は東北地方の田舎の村はずれ。見事な桜の木のそばに、ちかという娘がひとりで住む
あばら家がある。
脚の悪い村のとのさまはちかにひと目ぼれし、その姿を見ようとお侍医をお供にやって来たはいいけれど、
気が弱いため、声をかけることができない。
ひょんなことから近づくことができたものの、あっさり袖にされショックを受けるとのさま。
9年後の桜が咲く季節、同じ場所。
ちかは大工の権ずと一緒になり、娘れいをもうけたものの、権ずは胸を病んで長年臥せっている。
そこへやって来たとのさまとお侍医。どうやらとのさまはかつての失恋の痛手で、過去の記憶をなくしている様子。
二人は村の病人を訪ねては、「病気と思い込んでいるだけで、本当は病気ではない」と説いてまわっている。
そしてまた9年後、桜が咲く季節、同じ場所。
あばら家には、かつてのちかにうり二つの美しい娘がいる。
ちかに出会ったときのように、ひょんなことから娘と話をするとのさまとお侍医の二人。
プログラム内の対談では「この作品のあとから、笑いに救いを求めて書いています。
これは助走だったのかもしれません」とありますが
懸賞に応募していた頃の作品なので、ほかの井上作品と比べて
こなれてない感じがするのは仕方がないけれど……後味が悪いのよね……(^^;
病気の人に「健康だ」と説いてまわるとのさまに悪気はまったくない。
お侍医はとのさまのお戯れに付き合っただけ。(っつ~か、この人は医者なんだからさぁ……と思ったのは私だけかっ?)
それだけのことだったのに、自分たちのしたことの大きさに気づく二人。
コミカルな演技で重苦しい空気を軽くしようとしても……やっぱヘビーだよ(^^;
ただ、そこに民話の世界のおどろおどろしさを感じなくもないのだけれど。
これまで見てきた井上芝居は、貧しい中にも明るさとか、
どん底までいっても「また頑張ればいいさ」「なんとかなるさ」的な前向きさみたいなものを感じる作品が多い中で、
これはちょっと違って感じたんですよね。
貧しくても、苦労しても泣き言ひとつ言わないちかだけれど、前向きにも見えなければたくましくもなく、
長年、それも何代にも亘ってずっと抑圧され続けたために澱のように溜まった
諦めみたいなものを感じて……むしろ“陰(いん)”のイメージ。
そういえば、ここ数年で観た初期の井上作品は明るいエロがふんだんに盛り込まれていましたがw
この作品にはなかったですね。
あ、エロを期待してたわけじゃありませんけどねっw
ここ、太字にしておこうかしらww
パンフの表4広告は井上さんゆかりの地、山形のつや姫。
観劇記念につや姫150グラムのお土産も。
ちょうどお米を切らしかけていたので、ダンナが美味しくいただきました(*^_^*)
【CAST】
とのさま = 藤井 隆
お侍医 = 小林勝也
ちか/れい = 福田沙紀
権ず = 鈴木裕樹
ご家来 = 田代隆秀
れい(幼少時代) = 阿部夏実/松浦妃杏(ダブルキャスト)
【STAFF】
作 = 井上ひさし
演出 = 鵜山 仁
上演時間は休憩無しで1時間20分。
井上芝居は長いと思い込んでいたので、ちょっと意外でした。
終演後は学習院大学文学部教授で民族学者の赤坂憲雄先生を迎えてのトークイベントが。
この物語には〈とのさま〉が出てきますが、とのさまといっても大名や領主ではなく大地主だろうと。
小作人を束ねる絶対的な権力者がとのさま=大地主なんだそう。
それを聞いてはたと思い当たったのは親戚のこと。
昭和の時代まで、郵便物の住所は「城内」で届いていたんです!
〈城内〉と聞いても、何でだろう? と思うだけで、興味もなかったし、深く突っ込んで聞かなかったけれど、
大地主=とのさまとなると、腑に落ちます。
そういえば、何代か前までは学校に行くときに、自分ちの土地しか踏まず行けたとか。
トークイベントの進行はこまつ座の代表で井上ひさしの三女の井上麻矢。
どうでもいいけどこの人、表に出すぎの感が……(^^;
井上ひさしさん亡き今、誰かが表に出なきゃいけないと一生懸命なんでしょうけど……う~む。
なんというか、近すぎるんですよね。
今までにも何度かトークイベントで司会進行しているのを見ましたが、いつも
こまつ座の代表の立場なのか、井上ひさしの娘という立場なのか、どっちつかずで。
井上ひさしの娘という立場だったら、ホステス役よりもゲストのほうが向いているだろうし
こまつ座代表の立場だったら、それに徹して欲しいな~。
井上ひさしさん 今となっては懐かしく感じます^^)
by 獏 (2013-06-13 06:04)
やっぱり明るい気分で終わるのがいいな
by さる1号 (2013-06-13 06:29)
井上ひさしさん自身の事もよく知りませんし、また書かれたお芝居も観た事ありませんけれど・・・
この作品の舞台、それぞれの生き方には、作者のあゆんできた人生が投影されているのではないかとと思いました。
確か彼は子供の頃、孤児院で成長されたのでしたね。
貧しさや中での上下関係、先の見えない希望のなさみたいなもの・・・
以前から感じていましたが、歌舞伎やお芝居を楽しむって、その時間を持つことを含めて贅沢な趣味のように思えます。
つや姫は我が家も、もらいものを食べました。我が家の田んぼのお米も美味しいから(笑)、そう同じくらいに美味しかったです。
by hana2012 (2013-06-13 07:38)
こういうのって一度くらい見てみたいのですが、なかなか行動に移せなかったりするんですよねf^_^;
by たかぼん (2013-06-13 08:12)
最近お芝居も見てないなぁ(^^ゞ
当人がお亡くなりになっているから下手に脚本を直すわけにもいかないですし、そのまま上演したかったのかもしれないですね(^^ゞ
by アルマ (2013-06-13 09:59)
落ち着きのない人間だから、こうした芝居や歌舞伎には向いていないんです。
でも、もう少し大人になったらと思っています♪(^^ゞヤレヤレ
by sara-papa (2013-06-13 12:13)
初期の作品はその作家の「らしさ」と「らしくなさ」が同居していることがありますね。一種の荒削り感が円熟期のものより魅力だったりします。ジャンルが違いますがブラームスのピアノ協奏曲1番に通じるような気がしました。
by punchiti (2013-06-13 12:16)
観劇いいですねぇ…(^o^)
…とは言うものの、なかなか見に行く機会が…^^;
by 下総弾正くま (2013-06-13 21:49)
良いお話じゃ~ないですか~!!旦那様試験大変ですね~!!
by macinu (2013-06-14 02:46)
何故か、そういう日に当たっちゃうんだよね(^^;
by ちょろっとぶぅ (2013-06-15 16:10)