『ろくでなし啄木』2月24日 [観劇・Stage・Live]
三谷幸喜作の『ろくでなし啄木』を観に
天王洲銀河劇場に行ってきました。
啄木の碑の前に堅気には見えない男が立っている。
男はテツ。職業はテキ屋で、かんざしの販売で成功したらしい。
もうひとり、トミという女。このふたりと亡くなった啄木、テツの言葉を借りるとピンちゃんは
どうやらかつての知り合いだったようだ。
久しぶりに会うテツにトミはしきりに「あの日のこと」を尋ねる。
場面変わって、東北地方(宮城県?)のひなびた温泉宿。
啄木、テツ、トミの3人はテツのおごりで旅行している。
啄木とトミは恋人同士なのだろう。(啄木がヒモとも言えるが……)
テツはトミへ恋心を抱きつつも、今はふたりの友人として啄木の金銭面を支え
トミの幸せを願っている。
そんな3人で2部屋とった温泉宿での出来事がトミの視線から語られる。
第2幕では同じ“あの日”の出来事が
今度はテツの視線で語られる。
表面的には同じ出来事であったけれど、
啄木の思惑でそれぞれお互いには気づかれていない裏があった。
【STAFF】
作・演出 = 三谷幸喜
音楽 = 藤原道山
【CAST】
石川 一(ピンちゃん、後の啄木) = 藤原竜也
テツ = 中村勘太郎
トミ = 吹石一恵
以前、井上ひさしの評伝劇『泣き虫なまいき石川啄木』を観ていたので
評伝とまではいかなくても、啄木の物語だろうと想像していたのですが……
三谷幸喜も「僕自身啄木がこんな人だとは思っていない」というように、
啄木というよりも
啄木の『貧乏(借金)・早死に・女好き(?)』あたりのイメージを借りての物語なのでしょう。
それにしても啄木って、「泣き虫、なまいき」「ろくでなし」と
マイナスの形容をしたくなる人なんでしょうかねぇ(^^;
テツという男は、「なんで他人のためにそこまで尽くす?」というところはあるけれど、
愛する人のために一生懸命で、おそらく、いちばん共感を得やすいキャラクター。
普段はソフトな印象だけれど、それなりの体験をしているようで
うってかわって迫力を見せてくれることも。
動きも大きく、コミカルな演技も多いので、観客の目を惹く“美味しい役”ではあると思うけれど、
これを演じる中村勘太郎がはじけていて、いい!
歌舞伎以外で見るのは初めてでしたが、こんな演技をするんだ~。
そして、今までそんなことを思ったことはなかったけれど、
声や顔の角度、間の取り方など、お父さん(中村勘三郎)に似ているな~
と思うときも。
パンフで、アドリブの演技について
「それを表す表現が、あの時は思いつかなかったんです」
「思った瞬間、つい出ちゃった感じで」
といっていたのも、
「その役になれ。その役であれば、いざというときにはなにをしてもかまわない」
(『勘九郎とはずがたり』より十七代目中村勘三郎のセリフ)というような
おじいさん、お父さんから続くものを感じました。
まあ、この勘太郎のアドリブは不慮の事故によるものではなかったのですが、
それでも、同じ精神から出たもののように思えます。
吹石一恵って、舞台初出演なんですね。
声も通っていたし、とても初めてとは思えない演技。
まあ、歌を歌うシーンはきつそうでしたが……(^^;
演技とは関係ありませんが、温泉浴衣姿でも
他のふたりとは帯も違うし、おはしょりもあるし……
下に赤い襦袢を穿いていたのは、ショーツを穿いていないだろうから、と想像がつきますが
この当時の温泉の浴衣って、女性用はおはしょりを作ったんでしょうか?
で、啄木、ピンちゃんの藤原竜也……
パンフに「僕の中では市村さんと竜也さんには、何か似た資質を感じるんですよね」(三谷幸喜)
とあったけれど、私も、ふたりに同じような舞台上でのある種の狂気みたいなものを感じていました。
だけど、残念ながら、おやじキラー藤原竜也に、今回も私は殺されなかったようです。
中身はおやじなので、殺されると思ったんですけどねぇ(笑)。
『默阿彌オペラ』を観たときにも思ったけれど、
押し殺した抑揚のないしゃべり方は何だろう?
どちらの舞台も長台詞ではあったけれど、句読点が感じられず
まるで肺活量の限界に挑戦しているかのようにダラダラセリフが続いていく……。
テレビで(ドラマかな?)ちらっと見たときはこうではなかったので
何らかの意図があってのことでしょうが……。
淡々としているので、裏の顔を隠している啄木の押し殺した心情を表しているのかもしれませんが、
セリフとセリフの“間(ま)”は欲しいなぁ。
アドリブにしか見えない、「トミさんが好きな、子供っぽい仕草」をレクチャーする場面
(完全なアドリブではないようですが、仕草はその時々で違うようです)では
ムリをしている部分がとれて、いい感じだったんですけどね。
前述の勘太郎のアドリブもですが、それぞれ芸歴も長いので
アドリブを出しても、相手が受け止めてくれる安心があるんでしょうね。
あと、これも『默阿彌オペラ』の時にも思ったことですが、
たまに腰を後ろに突き出すような立ち方をしていて、そのまま歩くと
頭と足が先に出て、胴体が後から追いかけていくような感じになり、
少年漫画に出てくるステレオタイプのチンピラみたい。
“悪党になりきれない悪”の表現かもしれませんが、『默阿彌~』の五郎蔵はともかくとして、
啄木の家庭は裕福ではなかったとはいえ、お母さんが士族の血筋ということなので、
姿勢などは幼いことに厳しく躾けられていそう。
そういうのって、大人になっても抜けきれなず、育ちの良さが出てしまうのが自然じゃないのかな~。
藤原竜也の“悪党になりきれない悪”は私の好みではないようなので、
今度は“虫をも殺さぬ笑顔で、裏の顔は冷酷な指導者”なんてパターンを見てみたいかも。
と、言いつつも、2時間45分たっぷり楽しませてもらいました。
(隣のおばさまは寝ていたけど(^^;)
さて、次は……
パンフを見て最初に思ったのは、
藤原竜也と中村勘太郎、『ふたりとも歯並び悪っ!』でしたf^_^;
新橋演舞場二月公演『ペテン・ザ・ペテン』2月10日 [観劇・Stage・Live]
新橋演舞場に『ペテン・ザ・ペテン』を観に行ってきました。
チケット発売後、出演予定だった中村勘三郎が体調不良で降板、
代役をラサール石井が演じることになった、あの舞台です。
チラシの並びが変わっただけでなく、イラストも書き換えられていました。
私が舞台を観に行くときは、チケットをとる前から
徐々に自分の気持ちを高めていくんです。
降板の時期やチームの呼吸などを考えると
代役はラサール石井以外にあり得ないだろうと思っていたし、
仮に、当初からラサール石井がキャスティングされていたとしても
チケットをとっていたと思います。
でも、チケットを買ったときは中村勘三郎だったわけで……
もうその気分になっちゃってたんですよね。
しかも、勘三郎・柄本明・藤山直美の『浅草パラダイス』メンバーが戻ってきた!
という嬉しさが強かっただけに、複雑な心境でした。
ムリなのはわかっていますが、気持ちを入れ替えるために
一度キャンセルして、また新たな気持ちでチケットを買いたかったな~。
そんなこんなの観劇でしたが
芸達者な演者たちが楽しんでいるのが伝わってくる舞台で、
ラサール石井も好演していました。
もともと勘三郎をイメージして作られた話なので、時折、勘三郎が透けて見えたり
動きがもうちょっとスムーズだといいな、という気はしますが、
全体を通して見ると、かなりよかったんじゃないでしょうか。
このところの新橋演舞場の二月公演は
貧乏でお調子者、または賭け事やオンナ癖が悪いというようなダメ男ながらも憎めない勘三郎に
働き者でしっかりものの藤山直美
といった組み合わせが印象的でしたが、これは『浅草パラダイス』を思い起こさせます。
予定調和の安心して見ていられる舞台で、これはこれで好きなのですが、
テイストが似ている分、逆に「久世光彦さんだったら、もっと……」という思いもよぎります。
それが、勘三郎からラサール石井に変わったことで
久世光彦さんの世界とはまったく別の話として観る、いい機会になりました。
個人的に印象に残ったところでは、
ど派手な衣装を次から次へと着こなす渡辺えりが楽しそうでいいな~とか
ベンガルの立ち姿がキレイで格好いい! ジーンズ似合いそう!とか
怪演していた井之上隆志は今後要チェックだわ!
といったところでしょうか。
ラストで、戦争に行った息子が今日帰ってくるんじゃないかと
毎日駅に出迎えに来るおばあちゃんに、駅員さんが息子さんの名前を尋ねます。
「のりあきです」
客席の反応はイマイチでしたが、のりあき(哲明)は、勘三郎さんの本名。
そのあとに
「必ず元気で戻ってきますよ」
といった台詞が続けられていました。
降板が伝えられたときは、新作なので早めに決断したのだろうと思っていたけれど、
5月頃まで休養するとのことで……
「待ってました!」と言う日が待ち遠しいです。
イラストなのに、小池栄子だけ胸が……(^^;
錦秋十月大歌舞伎~昼の部 [観劇・Stage・Live]
新橋演舞場で歌舞伎鑑賞。
働いていた頃は、『日頃、一生懸命働いているんだから、自分にご褒美ね』と
お芝居のチケットをとるときはS席や一等席が当たり前でしたが、
それまでの貯金を切り崩している今は、ちょっとでも節約しなくちゃ……。
と、新橋演舞場で三等席を狙うも、昼の部はいつも売り切れ。
ようやく三等席が手に入ったので行ってきましたが……
なぜ、千穐楽のチケットがあったんだろう?
この劇場、三階席が少ないんですね。これじゃ、売り切れるわけだ。
新橋演舞場の三階席は、歌舞伎座と比べると、
傾斜が急なので、前の人の頭が邪魔になる、ということも
あまりなさそうです。
私の席は“大向こうさん”が荷物置き場にしているあたりだったので
今回、さりげなく“大向こうさん”を観察。
ずっと観ている人もいれば、
客席に入ってきて、一声かけると、す~っと出て行って、
しばらくして、また声をかける時に入ってくる人も。
出て行ってロビーで何をしているのかな~。
頼朝の死
源頼家 = 中村梅玉
尼御台所政子 = 中村魁春
畠山重保 = 中村錦之助
小周防 = 片岡孝太郎
別当定海 = 市川男女蔵
別当慈円坊祐玄 = 中村亀鶴
音羽 = 中村歌江
藤沢清親 = 片岡市蔵
榛谷重朝 = 市川門之助
中野五郎 = 市川右之助
小笠原弥太郎 = 坂東秀調
大江広元 = 市川左團次
カエサルに続き、歴史を知っていればなぁ、という演目。
父・源頼朝の死の原因を突き止めようとするも、
ひとりだけ真実を知らされずに苦悩する頼家。
源家を守り抜くため、真実を隠蔽する御台所。
図らずも主君・頼朝を殺してしまい、その罪を隠して生きていくことに苦しむ重保。
こういった登場人物の心情が見物ではあるのだけれど……
いかんせん動きが少ない台詞劇なので、長く感じます。
上演記録を見ると、過去にはもう少し上演時間が短いこともあったようなのですが、
それはどこか端折ったのかなぁ?
連獅子
狂言師右近後に親獅子の精 = 坂東三津五郎
狂言師左近後に仔獅子の精 = 坂東巳之助
僧遍念 = 市川門之助
僧蓮念 = 坂東秀調
加賀鳶
天神町梅吉/竹垣道玄 = 市川團十郎
女按摩お兼 = 中村福助
春木町巳之助 = 坂東三津五郎
魁勇次 = 中村錦之助
虎屋竹五郎 = 片岡進之介
磐石石松 = 市川男女蔵
昼ッ子尾之吉 = 坂東巳之助
お朝 = 澤村宗之助
御守殿門次 = 坂東薪車
数珠玉房吉 = 中村亀鶴
金助町兼五郎 = 片岡市蔵
妻恋音吉 = 市川門之助
道玄女房おせつ = 市川右之助
天狗杉松 = 坂東秀調
伊勢屋与兵衛 = 市村家橘
御神輿弥太郎 = 大谷友右衛門
雷五郎次 = 市川左團次
日蔭町松蔵 = 片岡仁左衛門
本郷菊坂の長屋に住む道玄は、強欲な悪党按摩。
道玄は女按摩のお兼と共謀し、
女房のおせつの姪・お朝が奉公している伊勢屋の主人に言いがかりをつけて
強請ろうとするも、火消し加賀鳶の松蔵に止められる。
團十郎が序幕で見せた粋で男気のある加賀鳶の頭・梅吉とうってかわって
二幕以降、極悪非道ながらどこか愛嬌のある道玄という両極端な二役を演じる。
大詰めの捕り物はユーモラスで、
そのへんも道玄というキャラクターの魅力なんだろうけど、
いや~、この男、卑怯だわぁ。
やっていることは、ふてぶてしくて、あくどいのに、
旗色が悪くなると、愛嬌で切り抜けようとするので、
全体的に“小ずるい”といった印象。
“命あっての物種”と知っているから、その点でのプライドは、
たぶんないんだろうなぁ。あるかもしれないけれど、
プライドなんてあっさり捨てることができる。
そこらへんも、梅吉と対照的。
道玄は登場シーンでは目が見えないふうを装っていましたが
手紙をすらすら読んだあたりから察するに、目は見えるようですね。
日常生活では、見えることを隠していなかったのかな?
お兼も見えているみたいですね。
お兼役の福助さん。
私は福助さんは可愛らしいキャラクターだったり、悪人でも
“悪女”といったイメージのほうが好きなのですが……
(“悪女”には“醜女”って意味もあるんだけどねっ)
図々しく、ぼってりと“おばちゃん臭く”演じていて、
その対比で、お朝の華奢で可憐な少女ぶりが際だっていました。
この作品、河竹默阿彌が五代目尾上菊五郎のために書き下ろしたもの。
初演では、菊五郎が道玄、梅吉、死神の三役を演じ、
とりわけ死神が評判を呼んだそう。
で、「死神」ってどんな話なんだろう。
とりわけ評判になったのなら、観てみたいなぁ。
歌舞伎座がなくなってから、新橋演舞場で歌舞伎を観たのは初めて。
(歌舞伎座健在の頃は、観たことありますが……)
劇場自体の雰囲気の違いは知っているつもりでしたが、
歌舞伎座の売店は、演目や季節に合わせて華やいでいて
歌舞伎ムードを高めてくれていたのに対して、
新橋演舞場の売店は、季節感があまり感じられずに、
なんだか寂しいですね。。。
七世、八世、九世と三代にわたる
三津五郎さんの追善狂言があったから、三津五郎さん色は強かったけどね。
『カエサル』 [観劇・Stage・Live]
日生劇場で『カエサル』鑑賞。
塩野七生の原作も読んでいないし、
歴史は弱いので、開幕前にストーリーを予習しておいたほうがいいかな?
と、パンフレットを開くと、「ユリウス・カエサル」の文字。
ユリウスって……カエサルって……ジュリアス・シーザー?
それならなんとかなるかな?
私のシーザーに関する知識は、これで読んだくらいですが(^^;
- 作者: 里中 満智子
- 出版社/メーカー: ホーム社
- 発売日: 2004/02/18
- メディア: 文庫
里中満智子さん好きなんです~♪
舞台は、「ブルータスお前もか」の誰でも知っているエピソードでスタート。
(そのセリフはありませんけどね)
ブルータスのカエサル暗殺から、過去へ遡り、
カエサルが頭角を現し始めた時へと戻ります。
カエサル役の松本幸四郎は、やはり歌舞伎よりも
現代劇(といっていいのかな?)のほうがしっくりきます。
独特の芝居がかった台詞回しや動きは、
ショーアップされたある種のカリスマ役にはピッタリ!
もっとも、第一幕のラストでポンペイウスの首を抱えたところは
歌舞伎で見たことがあるような所作で、
笑ってしまいましたが。(笑うところじゃないよね(^^;)
ブルータス(小澤征悦)も、カエサルを殺害したものの、
カエサルに反発すると同時に、相手のあまりの器の大きさに
圧倒されたり、尊敬したり……。そういった複雑な心境が
手に取るようにわかりました。
たぶんブルータスは、カエサルを殺すと後悔することになるのはわかっていて
そうせざるを得なかったんじゃないかな~。
ブルータスの母・セルヴィーリア(高橋惠子)はカエサルの愛人。
セルヴィーリアは、芯が強くて、愛人の鏡(おいっ(^^;)のような人だけど
そりゃ、ブルータスがカエサルを快く思わないよね。
で、高橋惠子が妖艶。
息子のブルータスを抱きしめても色気が漂ってきて、
恋人同士のよう。
実年齢はアレですが、クレオパトラ役、高橋惠子でいいんじゃないですか?
ラストで、セルヴィーリアがブルータスに殴りかかる場面がありますが、
ぞっとするほどの迫力でした。
そのクレオパトラ役は小島聖。
クレオパトラは魅力的な人で、
小島聖は色気があるから男性が参ってしまうのはわかるけれど……
小島聖の色気って、やわらかいというか、クレオパトラとはちょっと違うような……?
クレオパトラのような政治を司るタイプではなく、
もっとおんなおんなしたというか、女を武器にした女というか……
女を武器にのし上がって、贅沢したり、人から尊敬されたり、羨まれたりしたい、
だけど、そんな野望は決して表には出さずに、
一見すると危なっかしくてはかなげに見えるような
そういうタイプの色っぽさだと思うんだけどな~。
意外なキャスティングだったので期待していたけど、あまりに下手くそでガッカリ。
クレオパトラのような位の人は、
人前で感情を出さないように教育されていたのかもしれないけれど、
淡々とした調子は、懐かしの大映ドラマのヤンキーですか? これは、ないわ~。
これは、演技がよかったら気にしないところですが、
丸顔の小島聖が、エジプト風のヘアスタイルにすると
横顔はいいけれど、正面から見たときに顔ばかりが強調されてしまいます。
クレオパトラの登場シーンはそれほど多くなかったけれど……
高橋惠子、セルヴィーリアとクレオパトラの二役でよかったんじゃないの?
あとは、セルヴィーリアの奴隷アリス(水野美紀)が、
「素直に思ったことを口に出しちゃう人で、空気を読まない人」(パンフより)だけど、
その素直さが、見ているこっちが突っ込みたくなるポイントを突っ込んでくれていて、
いい狂言回し。元気いっぱいで、舞台を和ませてくれました。
という印象と、クラッススやポンペイウスが第1幕で死んでしまい、
勝部演之や瑳川哲朗といった
重みのある役者さんが2幕から登場しないのはもったいないな~、
そして、これはまったくもって私の個人的な感情ですが
ラビエヌス役の檀 臣幸さんが、
メチャクチャ好みの声でした~。萌え━゚+。*(pq>ω<*)゚+。*━ええっ
この舞台、
リーダー不在の現代日本におくる、
激動と波乱の歴史大作!
と謳っていますが……
カエサルが民衆の支持を集めていくあたり、観ていて
小泉(純一郎)人気を思い出していました。
小泉さんも人の心をつかむのがうまい人でしたものね。
反対意見を唱える人たちがいても、信念を持ってやったことは貫き通そうとする、
それだけの自信と強さがリーダーにはほしいですね。
カエサルにも借金だの、女好きといった点はあったけれど、
それだけの器の人物なら、許せちゃうような気がしますね。
借金だって、ローマ一の金持ちクラッススに、
スポンサーになってもいいと思わせるだけの何かがあったからできたわけだし、
(単にカエサル人気にあやかろうと思ったのかもしれないけど)
大勢いた愛人の誰からも恨まれなかったというのだから、
やっぱり大人物なんだろうなぁ。
【STAFF】
原作 = 塩野七生
脚本 = 齋藤雅文
演出 = 栗山民也
【CAST】
カエサル = 松本幸四郎
ブルータス = 小澤征悦
クレオパトラ = 小島聖
オクタヴィアヌス = 小西遼生
ポンペイウス = 瑳川哲朗
クラッスス = 勝部演之
アリス = 水野美紀
キケロ = 渡辺いっけい
セルヴィーリア = 高橋惠子
なんかちょっと、「ハムレット」っぽいシーンがあったり、
「マクベス」を思い起こさせるシーンがあったり
ところどころでシェイクスピアのにおいを感じました。
井上ひさし追悼公演『默阿彌オペラ』その3 [観劇・Stage・Live]
五郎蔵にスポットが当たっている印象以外にも、
おせんちゃんの歌が減ったような……?
初めて観たときからずっと、『三人吉三』の名台詞をカルメンのハバネラに乗せて歌った
月も朧に白魚の~
が頭から離れなくなったのですが、
歌ってこれだけでしたっけ? もうちょっとあったような気がするのですが、
これも記憶違いなのかもしれませんし、よくわかりません。
その他、感じたことを思うままに連ねていくと、
松田洋治は芸歴が長いだけあって、やはり上手い!
舞台の上で、目立つことも、自分を抑えて他の人を目立たせることも、
どちらもできるようです。
かつて久次役を演じた松本きょうじさんも亡くなってしまったんですよね。。。
北村有起哉の及川孝之進の、剛と柔の使い分けがいいですね。
この人と、円八役の大鷹明良が、いい具合にふっと息を抜かせてくれるというか、
笑いの部分を受け持っていたように思います。
吉田鋼太郎の新七は、初めこそ違和感がありましたが、
年を経るごとに新七の優しさ、静かな強さ、そして、表現者として、
どこか井上ひさしを投影したところが感じられました。
熊谷真実は口が悪いけれど、情のあるおとらばあさんと、
孫娘のおみつの二役を可愛らしく演じていました。
おみつという人は、母に逃げられておとらばあさんに育てられた身。
しっかり躾けられて玉の輿に乗ったと思ったら、
子宝に恵まれずに離縁された悲しみを持っているだけに、
人に対する優しさが感じられます。優しくて、たぶん、
いちばん普通の感覚を持った人なんじゃないでしょうか。
陳青年役の朴 勝哲さん。初演から通しで出演している人は、
彼だけになってしまいました。
こまつ座にはなくてはならない人のひとりですね。
井上ひさし追悼公演『默阿彌オペラ』その2 [観劇・Stage・Live]
『默阿彌オペラ』は嘉永六年(1853)師走から、
新七が默阿彌と名を改める明治14年(1881)までの
28年間を描いた評伝劇。
すでに火を落とした仁八そばにふたりの男がやってくる。
主人のとらが聞くと、
互いに川に身投げしようとするのを引き止めあった間柄だとか。
ひとりは、思うような狂言が書けず、苦悩していた河竹新七(後の默阿彌)、
もうひとりは、貧しさ故に娘を養子に出す羽目になったざる職人の五郎蔵。
新七は、来年の同じ日、同じ時間にまた会おうと五郎蔵と約束する。
そして、約束の日。
仁八そばには不思議な巡り合わせで、新七のほか、
売れない噺家の三遊亭円八、五郎蔵の言伝を持ってきた
優男(実は川に身投げしてお金をせしめている身投げ小僧こと久次)、
貧乏浪人の及川孝之進が集まる。
彼らと五郎蔵、そしてとらとがお金を出し合って『株仲間』を結成し、
その日、仁八そばに置き去りにされた
おせんという4歳の女の子を育てることになる。
時は明治に変わり、世の中が変化していく中、
五郎蔵たち『株仲間』の面々はそれぞれに成功を収めていく。
成長したおせんはオペラに魅せられるようになり、
亡くなったおとらばあさんに代わって、
孫娘のおみつが店を切り盛りするようになる。
そして、ひとり時代の変化に疑問を抱く新七に、
新政府より「オペラを書くように」との命が下った。
(キャストはその1に→)
この芝居って五郎蔵が主人公だっけ……?
いかんせん10年前の記憶なので、単なる記憶違いかもしれませんが、
以前よりも五郎蔵に焦点が当たっているような印象。
演出が変わったのかな~? と思って検索してみたけれど、わからずじまい。
これが演出の変化でなければ、藤原竜也の才能なんだろうな~。
と思うものの、正直なところ、藤原竜也に五郎蔵は合っていないように思う。
庶民といっても、底辺に近いところで這うように生きていた
五郎蔵の迫力を出そうとしてか、低い声での一本調子は、まるでVシネ。
五郎蔵はいい育ちはしていないはずだし、
職人作業の癖が体に染みついているはずだから、
敢えて姿勢を悪くしているのだろうけれど、
腰を落とした歩き方は、コントみたいでなんだか妙。
石原裕次郎よろしく、片足を椅子の上に乗せるマドロスポーズも、
日本のお父さん的体型の角野卓造なら、
長屋住まいの貧乏職人が精一杯強がってイキがっているように見えるけど、
細っこい体の藤原竜也だとチンピラのよう。
悪いことをしても、どこか抜けていて、人好きのする五郎蔵を表現するのに、
もっと体型に合った所作はなかったのかな~。
そんなこんなで、たまに見せる笑顔が救いになっているけれど、
五郎蔵が「お人好しの小悪党」「ちょっと悪だけど、実は彼は憎めない良い奴」には
とても思えなかった。
でも、すでに2000年の公演の時、
五郎蔵がそんなキャラには思えなかったんです。
1997年の公演の時は、
目先の欲で飛びついちゃうおっちょこちょいなところがあるけれど、
悪気はないし、失敗してもめげないたくましい人、という印象だったのに、
2000年の時は、「笑顔で誤魔化しているけれど、本当は
自分の得しか考えていない冷たい人なんじゃないか」
という印象に変わっていた。
そのため、1997年の公演の時のような説明しがたい感動は、
2000年の公演では湧いてこなかった。
私が変わったのか、五郎蔵の描き方に何か変化があったのか……。
まあ、私が抱いた五郎蔵の印象の変化はともかくとして。
今回、終演後に、きっとリピーターさんなのでしょう
「藤原竜也、上手くなったね~。前はアンちゃんみたいだったのに」
と、おばさまの声が聞こえてきました。
ということは、まだまだ進化の過程なのかもしれないですね。
だいいち、まだ若いですし……。
おとらばあさんは特殊なので別とすると、藤原竜也以外の人たちは
劇中人物の登場時の年齢よりも上なんですよね。
井上ひさしの三女でこまつ座社長・井上麻矢によると、
「五郎蔵は本来、ブ男の役だし、(芝居の中で)28歳も年をとる。
ちょっと藤原さんには合わないと思ったのですが、父は引かな」かったとか。
「いつもなら演出家にキャスティングを任せる父が、
五郎蔵という役を『ぜひ藤原竜也さんにやってほしい』と
注文をつけ」たのは、もしかすると、自身の病状を察していて、
「将来的に藤原竜也に五郎蔵役を演じてほしい。だけど、
それまで自分の体が持つかわからない。そうだ、今年だったら、
観られるかもしれない」そんな思いがあったんじゃないかな~などと、
想像してしまいました。(引用部分は『産経ニュース』より)
そう考えると、もし、また同じキャストで『默阿彌オペラ』が上演されたら……
成長した五郎蔵を拝みたいものです。
(その3に続く→)
ロビーには当初予定していた『木の上の軍隊』の
和田誠さんによるポスターが。
ポスターの横にはスチールも飾られていました。
井上さんが脚本を上げていたら、
沖縄を舞台に藤原竜也、北村有起哉、吉田鋼太郎の
三人芝居になるはずだったそうです。
『木の上の軍隊』で藤原竜也が主演になる予定だったのが流れたので、
『默阿彌オペラ』で主演扱い(ネットのニュースの表記は主演だった)なのかな?
誰もロビーで写真を撮っていないので、撮影禁止なのかと思ったけれど
スタッフの方に聞いたところロビーはOKということでした。
蜷川幸雄といい、井上ひさしといい
藤原竜也ってなにげにおやじキラー?
井上ひさし追悼公演『默阿彌オペラ』その1 [観劇・Stage・Live]
ずいぶん迷ったけれど、
井上ひさし追悼公演『默阿彌オペラ』を観に
紀伊國屋サザンシアターに行ってきました。
1997年公演の『默阿彌オペラ』が初めて観た井上芝居。
井上ひさしという人は頭がいいので、
きっと難解な芝居を書くんだろうと、あまり期待していなかったのですが……
ぽんぽんぽんと飛び交うテンポのいい台詞、言葉の美しさに夢中になり、
以来、井上芝居を観るようになりました。
(本当に頭のいい人は、易しい言葉で、かつ美しく綴ってくれると知ったのは、もう少し後のことです)
2000年の『默阿彌オペラ』にも行き、それから10年ぶりの公演なので
本来なら「待ってました!」というところですが……
正直、いつものようにこまつ座から公演案内が届いたとき、迷ってしまいました。
迷った理由のひとつは、チケット料金が高いこと。
いつものこまつ座公演は5250円ということが多いのですが、
こまつ座&ホリプロ公演の今回は9450円。
無職の身にこの差は大きいです。
それでも、本当に観たい舞台なら、このくらいの出費は気にしちゃいられません。
もっと大きな理由は、キャストが若いこと。
迷ったけれど、鑑賞に踏み切った理由は、
井上ひさしが「藤原竜也で観たい」と言ったと
何かで見たから。
井上ひさしが観たいと思う舞台なら、観ておきましょう。
でも、このとき、私は勘違いしていました。
劇場でプログラムを見るまで、
藤原竜也が新七(默阿彌)役だとばかり思い込んでいたんです。
(その2へ続く→)
【1997年キャスト】(カッコ)内は初登場時の年齢とら(71) = 梅沢昌代
河竹新七(38) = 辻 萬長
五郎蔵(28) = 角野卓造
円八(23) = 松熊信義
久次(18) = 松本きょうじ
及川孝之進(30) = 溝口舜亮
おせん(4) = 島田歌穂
おみつ(27) = 梅沢昌代
陳青年(不詳) = 朴 勝哲
【2000年キャスト】とら(71) = 梅沢昌代
河竹新七(38) = 辻 萬長
五郎蔵(28) = 角野卓造
円八(23) = 松熊信義
久次(18) = 大高洋夫
及川孝之進(30) = 溝口舜亮
おせん(4) = 島田歌穂
おみつ(27) = 梅沢昌代
陳青年(不詳) = 朴 勝哲
【2010年キャスト】とら(71) = 熊谷真実
河竹新七(38) = 吉田鋼太郎
五郎蔵(28) = 藤原竜也
円八(23) = 大鷹明良
久次(18) = 松田洋治
及川孝之進(30) = 北村有起哉
おせん(4) = 内田 慈
おみつ(27) = 熊谷真実
陳青年(不詳) = 朴 勝哲
コクーン歌舞伎『佐倉義民傳』 [観劇・Stage・Live]
資格試験のため、会社を休んで勉強しているダンナを家に残して
(また、なんで私が出かけるタイミングで休みを取るんでしょう。なんかのセンサーがつているとしか思えない)
bunkamuraシアターコクーンへ。
bunkamuraはミュージアムもあるからか、傘立てがあるのでありがたいです。
さて、この舞台、ラップが入る歌舞伎です。
舞台上でラップを聞いた瞬間、『時代劇にロック』なんて昔の映画のキャッチコピーや
ロック・オペラ『ジーザス・クライスト=スーパースター』を思い出してしまいました。
とくに『ジーザス』のイメージは、その後もたびたび頭をよぎり
一揆をおこすべき百姓たちが集まっている場面では
ジーザスの『何が起こるのですか』が
磔の場面では『スーパースター』が頭の中で鳴っていました。
プログラム(この写真の点数で1800円は高いです)によると、この作品は、
圧政に苦しむ領民を救うべく一命をかけて将軍に直訴をした、
下総佐倉の義民 木内宗吾の事跡を描いたもの
だそうで、出演者みなさんが仰っているように、はっきりいって地味。
地味だけれど、人の気持ち、情をしっかり描いているので、
父と子、夫婦のやりとりが胸に沁みてきます。
派手なパフォーマンスの舞台にラップを組み合わせたら、
やりすぎになってしまったかもしれない。
静かな舞台だからこそ、ラップが生き、
そして、ラップがあるから、歌舞伎ではなく、コクーン歌舞伎として、
重苦しいお涙ちょうだい劇にならなかったのかもしれない。
今の世にも通じる話、ということで、いま『義民傳』なのかもしれないけれど、
個人的には、経済・社会情勢の暗いいまだからこそ、せめて舞台だけでも
パ~ッと華やかなもので気分転換したいです。
亀蔵さんの破壊的な演技がそろそろ恋しいなぁ。。。
【スタッフ】
演出・美術 = 串田和美
脚本 = 鈴木哲也
音楽 = 伊藤ヨタロウ
【配役】
木内宗吾 = 中村勘三郎
駿河弥五衛門 = 中村橋之助
おぶん・徳川家綱 = 中村七之助
甚兵衛・座長 = 笹野高史
幻の長吉 = 片岡亀蔵
家老 池浦主計 = 坂東彌十郎
堀田上野介正信・宗吾女房 = 中村扇雀
【雑感】
七之助さんに貧しい娘役は似合わないなぁ。
第2幕での笹野高史さんの狂言回し的な役所に
浅草パラダイスシリーズの小山三さんと助五郎さんの姿が重なりました。
宗吾の息子 彦七と宗平は素直で、芯が強くて、優しいいい子たちだなぁ。
兄が弟に教え、諭し、いたわる。
こういう子どもたちが育つ世の中になるといいのに……。
藤山寛美歿後二十年『六月喜劇特別公演』【ネタバレあり】 [観劇・Stage・Live]
今日は新橋演舞場で『六月喜劇特別公演』昼の部(11:00~)を鑑賞。
ダンナを見送って、それから準備すればOKだな~。
そう思っていたのに、今日に限ってのんびりモードのダンナ
今日は朝から健康診断で、会社に行くよりも遅い時間に家を出ても間に合うらしい。
「時間大丈夫なの?」
「遅れても平気だし」
……
その……前にもこういうことがあったんです。
なぜ、いつもいつも私が午前中から出かけるときに限って
家を出る時間を遅くするんですか~?
しかも、今日の健康診断なんて、本来は別の日だったのを
変更して今日になったわけだし、なにか私に嫌がらせでもしてるんだろうか?
「早く出かけろ~早く出かけろ~」
と念を送って(笑)、いつもより30分以上遅い時間にダンナが家を出ると
慌てて出かける準備。
なんとか、開幕と同時に劇場に滑り込めました。
【第一幕】女房のえくぼ
丸福運送の主人・健一には、佐知子という女房がいる。
佐知子は率先して荷運びまでする働き者で気立てもいいけれど、
化粧っ気もなく、容姿のほうはあまり褒められたものではない。
実は健一はかつて、京子というえくぼのある美人ホステスに入れあげて
振られてしまったものの、いまでも忘れられずにいる。
そのため、家族の勧めでいやいや結婚した佐知子には
見向きもしないどころか、ことあるごとに辛く当たる。
そんな夫に、文句のひとつもいわない佐知子。
と、健一から京子を奪った男が落ちぶれて職を求めて戻ってくる。
初めは仕返しをしようと考える健一だが、男の話を聞くうちに目が覚めてくる。
人間大事なのは見かけじゃない、中身だ、というわかりやすいお話。
あれだけひねくれていた健一が、ちょっと話を聞いただけで目から鱗が落ちるのは
安易だよな~と思いつつも、そういうベタなストーリー展開を期待している自分がいます。
期待通りで◎
藤山直美さんは、働かないダメ亭主に対して
働き者で気立てがいい、しっかり者の女房という役が多いですね。
藤山直美 = 佐知子
小島秀哉 = 林勇一郎
曽我廼家文童 = 健一
【第二幕】幸助餅
雷(いかずち)という相撲取りに入れ込むあまり身代を潰してしまった餅米問屋の幸助。
相撲とは縁を切り、心を入れ替えて働こう、ついては商売の元手に、と
妹を三ツ扇屋という廓に預けて30両の金を借りる。
その帰り道、江戸へ行き、大関になって戻ってきた雷とばったり。
幸助に会いに大阪に戻ったものの、お店が変わっていたり
幸助が夜逃げしたという噂を聞いていた雷は幸助の身を案じたが
幸助は何事もなかったふうを装う。そして、
「花のお江戸の本場所で大関にまで取り込んだのも旦那様に褒めて貰いたい一心」
と言われ、死ぬ覚悟で30両の金を雷に渡してしまう。
家族を廓に入れて借りたお金を人に渡してしまうなんて、
なんだか「文七元結」みたいだな~。
幸助の帰りが遅いので心配して駆けつけてきた女房のおきみと叔父。
事情を聞いて、雷に理由を話して金を返して貰おうとする。
しかし、雷は、金を貰っているからこそ、「旦那様」とおだてて、頭を下げ、
嫌なことを言われても顔で笑って心で泣いているのだ。
「一旦貰うた御祝儀を一々返していた日には、下げた頭が承知せぬ」と冷たい返事。
おまけに、雷に向かっていった叔父、幸助を突き飛ばす。
あれっ?
最初は、お茶屋遊びやタニマチといったお金の使い方をする人は
一度渡したお金を返せなんて、そんな無粋なことを言うものではない、
と雷が戒めているのかな? 思ったけれど、ちょっとヘンだぞ。
雷が言うことは、人情云々を考えなければ、もっとも。だけど……
お金を返さずに受け取っている以上、次はないにしても、
少なくとも今は幸助は「旦那様」
だとしたら、旦那様やそのおじさんに向かっての態度とはいえない。
あれぇ?
もし、旦那様をたてているのなら、旦那様が「やっぱり返して」と言ったら
返すべきなんじゃないか?
でも、返したら、もう旦那様ではなくなるわけだし……。
あれあれ? なんか矛盾してきたぞ。
それに、情け知らずみたいな口をきいている雷だけど、
目がそんなふうには見えない。
さっき幸助の身を案じていたのも、本心から心配しているように見えていたし……。
っていうことは、この流れは、たぶん……。
1年後。
三ツ扇屋さんがもう一度貸してくれた30両を元手に
死にものぐるいで働いた幸助。
立派な餅屋を構え、借金も返済し、幸助餅は大阪の名物と言われるまでに。
あれっ?
借金を返したときに「実はあの時貸した30両は……」と
三ツ扇屋さんが話してくれると思ったのに、読みがはずれたかな~?
そんなある日、雷が店に客としてやってくる。
怒りを抑えて、客として扱おうとするも、抑えきれない幸助。
そこへ飛び込んできた三ツ扇屋さんが、
あの貸した30両は雷のものであること、
幸助を更生させるため、相撲に愛想づかしするように敢えてひどい仕打ちをしたこと
そして、ひいき筋に「幸助餅をよろしくお願いします」と頭を下げてまわっていたことを語る。
これ、私は初めてだったんですが、上方落語の人情話なんですね。
人情話と知らなくても、物語の展開は読めてしまうのは、第一幕と同じでいい意味で予想通り。
雷役の渋谷天外さんの悪役に見えない演技がいいです。
(細かいことをいえば、ずっと30両、30両って出てくるけど、
湯豆腐やさんに1両、雷の弟子ふたりに1両ずつで、雷が幸助から貰ったお金は残った27両だったぞ。
しかも、弟子ふたりは幸助にお金を返しているし……)
あと気になったのが、西郷輝彦さん。
とても聞きやすいし、いい声だけど、新喜劇メンバーに混じっているとちょっと違和感。
ミュージカルを演ったら似合いそうなんだけどなぁ。
物語とは関係ありませんが、雷の弟子のひとり
暗闇役の藤田功次郎さんの脚が、アレルギーなのかしら?
あちこち赤くなっているのが気になって、どうしても目がそこにいってしまいました。
西郷輝彦 = 幸助
藤山直美 = おきみ
小島慶四郎 = 幸助叔父
大津嶺子 = 三ツ扇屋女将
渋谷天外 = 雷五良吉
今回の舞台は、アドリブが少ないような気が……。
藤山直美さんと小島慶四郎さんのやりとりを楽しみにしてたんだけど
このふたりのからみは期待していたより少ないですね。
新橋演舞場での新喜劇シリーズ(?)は
筋書きのキャストが、出場順に並んでいるみたいだけど
こういうパターンはあんまりないから読みづらい……。
それにしても、この、大ぜいって(笑)。そりゃ、そうだけどさ~。
中村勘三郎 文京シビックホール10周年記念歌舞伎 [観劇・Stage・Live]
4月の歌舞伎座公演のチケットを取り損ねたとき、
ふてくされて『中村勘三郎 文京シビックホール10周年記念歌舞伎』(しかし、タイトル長い)の
チケットを取ったので、行ってきました。
中村勘三郎さんと波野久里子さんの姉弟共演なので、きっとおもしろいでしょう。
初めて行く文京シビックホールは、地下鉄の春日駅、後楽園駅ともに直結なので
方向音痴の人でも安心。
第一部が六玉川、20分の休憩を挟んで第二部が仇ゆめです。
って……14時半開演で16時15分には終わっていました……。
休憩時間も含めると約4時間の歌舞伎本公演に慣れている身には
あまりに短時間で物足りなく思えました。
チケット代金はS席9800円、A席が7000円ということを考えると
非常にコストパフォーマンスが悪いな、といった印象。
本公演の約半分の時間なので、歌舞伎座一等席の約半額で7500円、
区の事業ということを考えると、さらにもう少し割り引いた額が妥当だと思いますが……。
さてさて、仇ゆめは初めて観る演目。
17代目中村勘三郎、長谷川一夫、尾上松緑、西川鯉三郎が演じたのが初演の舞踊劇で、
18代目中村勘三郎が演じたのは10年前の名古屋御園座で
ほかの役者さんは演じていない狂言なんだそうです。
太夫(波野久里子)に恋した狸(中村勘三郎)は、
太夫が憧れている舞の師匠の姿を借りて現れ、思いを伝える。
師匠への思いを募らせていた太夫は大喜び。
ところが、本物の師匠(中村扇雀)が現れたため、狸とばれて懲らしめられる。
狸とは気づかぬふりをして揚屋の亭主(坂東彌十郎)と師匠が
狸に踊りを習う場面がとても楽しそう。
演技でなく、本当に楽しんでいるように見えました。
可愛らしくて、楽しくて、そして切ない舞台だったけど……
上演時間が短すぎて物足りないの。なんだかむしろ欲求不満。
このあと、休憩を挟んであと1時間半程度の演目があったら満足だったんだけどな~。